断捨離は苦手です。

捨てられないモノもブログなら残しておいていい気がする。

大学院で身につくもの

この記事は、東京大学航空宇宙工学科/専攻 Advent Calendar 2019 19日目の記事です。

修論締め切りまで1か月を切っているというのに正直ブログなんて書く暇ないんですが……。今日の担当にした1か月前くらいの自分を殴りたい。

さて、航空宇宙出身として何が書けるかってぼくには院試と進路系の話しかないわけです笑 去年は院試に落ちた話をしました。 今回は、航空宇宙を飛び出して情報系の専攻に進んだ身として、「大学院で身につくもの」について考えていきたいと思います。

航空宇宙を飛び出した経緯

就活の面接では、「どうして航空宇宙から情報系に進んだの?」とよく聞かれました。まあ履歴書をみたら当然聞きたくなりますよね。 こちらも答えをばっちり用意してある鉄板の質問なのでありがたいのですが、答えとしてはだいたいこんな感じになります。

  • 周りの人を見ていると、自分はそんなに宇宙に熱がなかったことがよくわかった
  • 航空宇宙は様々な分野の統合として成り立っている分野であり、良くも悪くも広く浅くということになりがち
  • 大学院に進むからには、分野としての専門性を身に着けたい
  • 院試当時は情報系の分野をいずれは勉強したいと思っていたし、卒論も情報分野寄りのテーマにしていた

要は「専門性を身に着けたい、航空宇宙では専門性は身につかない」と言って分野を変えたといっても過言ではないのですが、修論に追われる今、果たして専門性は身についたのか、考えてみようと思います。

大学院で身につく専門性

大学院で研究をすることによって身につく専門性とは何でしょうか。

そもそも「専門性」の定義があいまいなので議論のしようもないのですが、「その人しか全貌を知らない分野についての知識や、その人しか扱うことのできない技術」という定義にすると、専門性というのは所属するコミュニティにおける相対的なものであることがわかります。たとえば今ぼくがいる研究室で「画像処理の専門性がある」とは口が裂けても言えませんが、アカペラサークルで「画像処理について専門で研究しています」というのは言ってもいいことだと思います。アカペラの活動の中で画像処理の知見が生きるタイミングがもし来るのだとすれば、その際は「画像処理の専門」としてつたないながらも何かしら発言することはできる(発言することを求められる)のかなと思います。まあそういうわけで「専門性」とはあいまいな概念ですが、ここでは「社会全体で見たときの専門性」くらいの解釈にとどめておこうと思います。つまり、ぼくが「アカペラについて専門性がある」といっても(言葉の使い方に違和感がありますが)許されるということだとします。

話を戻すと、「大学院で研究をすることによって身につく専門性」について考えるならば、大学院でしか身につかない知識について考える必要があります。 研究室に所属していれば自分が行う研究の方向性はある程度定まるので、自分の研究のベースとなる分野の基礎知識については勉強しやすい(勉強せざるを得ない)環境にあることは事実かと思います。また、情報系であればたいていは研究対象のシステムを構築し、それに対して実験なりなんなりを行っていく流れになるかと思いますので、システムを構築する際のノウハウというのは少しずつたまっていくでしょう。

しかし、これらは何も「大学院でしか身につかない」かといわれると疑問が残ります。本当にやる気があるならばひとりでも研究はできますし、実際研究室や研究所に所属していないながらも研究をしている人も、多いとは言いませんがいることは事実です。

大学院で身につくもの

書店で教科書を買って読んだり、論文を読み漁ったり、学会に参加したりというのは大学院に行っていなくても(お金さえあれば)できるわけです。大学院で身につくのは専門性とはちょっと違うのかもしれません。となれば、大学院に通う意義とは何か。たぶん一般的には先生から指導を受けられることになるんだと思います。

数百字の論文概要を書くだけでも、主語と述語の一致、口語的な言葉の回避、冠詞の使い方、などなど大抵初稿は真っ赤になって返ってきますし、ひとたび学会参加が決まれば、効果的なスライドの使い方、論理展開の微調整、ポスターに載せるべき内容、デモ展示を準備するノウハウ、などネットの海からちゃちゃっと探してくるにはさすがに無理がある内容を学ぶ必要があります。いわゆるソフトスキルを洗練させるのが大学院なのかなあという印象を持っています。

大学院に行く意義がないといっているわけではありません。大学に行かなければそもそも研究の何たるかを知ることは一生ないでしょうし、ぼくみたいな凡人にとっては、実験器具やその使い方のノウハウ、研究費、場合によっては研究テーマも含めてかなりの部分でお膳立てをしてもらって、それでやっとのことで書くことができるのが論文というものであることは痛感しています。

内定者として就活のイベントに参加させていただく機会があり、そこで学生から「大学院に行くか迷っている」と相談を受けたことがありました。曰く、大学院に進んで専門性を身に着けたほうがいい会社に入りやすいのか、あるいは早く働いて経験を積んだ方がいいのか、わからなくなっているとのことでした。

今その学生の質問に答えるとしたら、

  • そもそも修士は2年しかないのでぶっちゃけ大差ない
  • 大学院で身につくのは専門性というよりもソフトスキル
  • 学部で勉強している内容と仕事にしたい内容がかけ離れており、仕事にしたい内容について大学院で学ぶことができるのであれば、院進する意義はあるかも
  • あとは分野による()

という感じになるかと思います。大学院に進んでいなければ得られなかった経験はとても多いのですが、それは必ずしも専門性ではない、というか専門性が身につかなくたって大学院に行く意義はあると思うよ(修論はつらいけどね)、というお話でした。

アレンジャーで読書会をやってみた話

この記事は、アカペラアドベントカレンダー3日目の記事です。

自己紹介

ヴェルディと申します。

  • 大学院修士2年で、来年就職予定。アカペラは6年目
  • ArtifacTone、カンパリオレンジ、Eureka!、アレンジャーの会所属
  • 主にベース、ときどきパーカス。高音を伸ばしたい
  • アレンジをします

今回は、アレンジャーの会のメンバーとして、読書会を主催している話をしようと思います。

アレンジャーの会とは

このアドベントカレンダーの初日を担当してくださったみやけんさんが主宰のオンラインアレンジャーコミュニティです。メンバーはアカペラのアレンジャーが多いですが、管弦楽や合唱の方もいらっしゃいます。

活動内容はかなり多岐にわたります。

  • オンライン(チャット)
    • 日頃感じている疑問について議論
    • エモいコード進行やオススメの理論書をシェア
    • アレンジを投稿してアドバイスをもらう
    • みんなで一斉に同じ曲のアレンジをする
  • オフライン
    • みんなのアレンジを肴に飲む
    • 一堂に会してアレンジをする「もくもく会」の実施
    • プロの楽譜の分析
    • ワークショップやオフ会を企画

などなど、という感じです。いい意味で変態の多いコミュニティですし、外部を巻き込んで開催するワークショップやオフ会ではその道のガチプロにお会いできることもしばしば。チャットに参加すれば今日からあなたもアレンジャーの会会員。ご興味を持っていただいた方はぜひご連絡ください。

読書会について

ということで本題です。アレンジャーの会では、月1回程度のペースで読書会を行なっています。

  • 課題図書と1回分の分量、担当者を決定
  • 担当者は担当分の内容をパワポにまとめてアップロードし、読書会の場で解説
  • 質問や議論などご自由に

という流れです。いわゆる輪読会ですね。現在の課題図書は『コード理論大全』です。

読書会を始めるにあたって

みやけんさんから提案があって始めた読書会なのですが、体制を整えるにあたっていくつか重視していたことがありました。

  1. 参加できなかった回があってもキャッチアップできること
  2. 首都圏外の方や、電車に乗っている方でも参加できること
  3. 発表したものは個人としての実績として発表できるものであること

後述の通り3.についてはまだ実現ができていないのですが、以上を踏まえて、

  • スライドは slideshare に限定公開でアップロード、リンクをシェアする
  • 読書会は skype にて実施
  • skype でのやり取りは録画

という形式をとっています。

良かった点

継続的に読み続けられる

分厚い本を読み切るのってなかなか大変ですよね。意気込んで理論書を買うも気が付いたら本棚の肥やしになってしまったとかあるあるだと思うのですが、1か月に1回読書会がやってくることで読み進めるきっかけを与えてもらえるのはすごくいいことだと思いました。ほかの参加者もいることで強制力も生まれますしね。

わかりにくい点を解消しながら進められる

今回扱っている『コード理論大全』は内容がすごく濃いのですが、その分初見ではわかりづらい表現がたびたび登場します。そういう点をお互いに確認しながら進められるのも、継続のハードルを下げている要因だと感じます。

書籍を読むと、定着度がいい

理論書は体系だって説明がされており、何度でも繰り返しかみ砕くことができるので、人から口頭で教えてもらうよりも納得して吸収できる度合いが高い気がしています。skypeでチャットをしているので、そのとき説明されている項目を楽譜に書き起こして実際に聞いてみることも容易です。発表者は、人に説明するということで理解の度合いをあげる必要に迫られるため、負担に見合った学習効果を得られると感じています。

今後の課題

発表者の負担が大きい

発表者以外には特に義務を課していない(読んできていない人向けに発表するという形式をとっているため)のですが、発表者は

  • 読んで
  • スライドの準備をして
  • 当日発表する

という流れをすべて行わないといけません。内容が想像以上に難しかった場合は特にかなりしんどい作業になるかと思います。

次回の読書会からは発表者を2人に設定し、わからないところはお互いに解決してもらったり、分担して担当してもらったりできるようにしていますが、根本的解決にはなっていないように感じます。 ちなみに1か月1章のペースで実施しているので、このペースを落としてしまうと1冊に1年以上かかってしまうんですよね、、

初心者がおいてきぼりになりやすい

バックグラウンドによって理解度に差が生じてしまい、またすでに音楽理論について学んだことのある人が発表者になりやすいため、初心者がおいてきぼりになりやすいという問題点があります。1冊目が終わったあと、コード理論から離れて和声やリズムなどにトピックをずらすのか、もう一度コード理論の本を扱うのかについてはきちんと議論したいと思っています。

個人の実績として発表できるか?

発表者の負担は大きいので、せっかく発表するなら個人の活動として紹介できる形が望ましいと考えて slideshare を利用しているわけですが、そもそも他人が書いた書籍の解説スライドをネットに掲載していいものか?という問題があって調査中です。詳しい方教えてください。

アドバイスください

というわけで手探りながら読書会を主催しているというお話でした。似たようなイベントに参加されている方など、運営にアドバイスいただければ幸いです!

アレンジャーの会への参加も歓迎します!TwitterのDMなど、お気軽にご連絡ください!


明日12/4の担当は かずま さんです!

有声ボイパについて書いていただけるようです!ぼくはボイパからアカペラに入ったクチなのですが、有声は全然できないんですよね、、そういうレベルの話じゃないだろうけど。乞うご期待!

フッ軽って哲学的じゃない?

なんか師走っぽい話題ですね。

 

「フットワークが軽い」とは、ここでは「飲み会などの誘いを断らない」ことだとします。

飲み会の予定を断らないということは、その誘いがあった日は予定が空いていたということだと思うんです。

「来週の土曜日飲みに行こうぜ」

「おー空いてるからいいよ」

来週土曜日の夜に飲み会が入りました。すると、来週土曜日の夜は予定がある状態になります。

なにを言っているんだと思われるかもしれませんが、この状態で別の人から土曜日の夜に飲み会に誘われたとすると、

「あーごめん、その日あいつと飲むからパスで」

影分身できない限りフットワークは軽くなりません。要するに、フットワークが軽い、つまり予定が空いているという状態は、予定を入れてしまった瞬間に崩れるわけです。これが「フッ軽は哲学だ」と言っている真意です。

 

当然ですが、フットワークが軽いと飲み会に誘われやすくなります。来てくれそうな人を誘いたくなるのが人情というものでしょう。飲み会に誘われやすいと、その分いろんな人と知り合い、仲良くなる機会が増えます。飲み会に限らず、人生のチャンスを生み出すひとつの要因としてフットワークの軽さというのがある気がしているのですが、ここで自分のカレンダーを見返してみると、1か月先の予定はたいてい埋まっているという現状に気づかされます。これでは自分のフットワークは重いと言わざるを得ません。上の議論が正しいとすれば「来月のフットワークは軽い」とかいう状況が起こりうるはずなのですが、どうやらフットワークの軽さとはそういうものではないみたいです。

 

ひょっとして、「フットワークが軽い」というのは印象でしかないのでしょうか? いま自分から見てフットワークが軽いあの人も、職場の飲み会には全然参加しない「付き合いの悪い人」である可能性も十分あります。とすると、「このコミュニティではフットワーク軽くありたい」みたいなものを各々調整しているのでしょうか?

あるいは、「極限まで予定を詰め込むことがフットワークの軽さだ」という人もいました。「月曜から一週間始まるから日曜夜の飲み会はやめとこ」などというのではなく、「空いてるから飲み会行けるわ」という考え方そのものがフットワークの軽さだと。そういう意味でいえば、馬鹿みたいに予定を詰め込んでいる僕は、もしかしたらフットワークが軽い部類になるのかもしれません。

 

とはいえ、入れられる限り極限まで予定を詰め込むのが必ずしも褒められた行為だとも思いません。人の誘いのままに予定が埋まっていく人生は「他人に生かされている人生」だと思いますし、ときにはひとりで気ままに時間を使うのも大切だと思います。すでに予定が入っているもののこのイベントには絶対に行きたいみたいなのは往々にしてある話ですし、「やりたくないことをやっている時間はねえ」とは言われるものの、期待値が低かった飲み会がめちゃくちゃ有意義だったということもあるあるかと思います。そのあたりの時間の使い方ってみんなどうしてるんでしょうか。財布を分けて家計を管理するように、仕事の飲み会は月何日までとか、アカペラの練習は月何回までとか、そういう感じで制限を加えた結果空いた時間を自分のために使うとか、そういうことが大事なんでしょうか。わからん。

 

やりたいことばかりたまっていって現状取り組んでいることは何一つ成し遂げられていないことを考えると、いくら時間があっても足りない、人生って短いなあと思うのですが、悩める若者にアドバイスをください。

BIT VALLEY 2019 に参加しました

ものづくりカンファレンス「BIT VALLEY 2019」に参加してきました。 公式サイトはこちら

今回は、3つの目的意識のもとに参加をしました。

  1. 学生のうちに何をすべきかについて情報収集すること
  2. キャリアプランの観点から、様々な職種の話を聞くこと
  3. 日本でソフトウェア産業に携わるにあたって何を考えるべきなのか情報収集すること

1. 学生のうちに何をすべきか?

結論から言うと、エンジニアならば「遊びとしてのプログラミング」をしておけ、とのことでした。社会人の基礎力は学生のうちに身につくものであり、また、業務でプログラミングしていると、土日までプログラミングしようとはなりにくくなるそうです。お聞きした方は「もっとイラレとか触っておけばよかった」とおっしゃっていました。

「本業と関係ない勉強をしておけ」というのはたびたび言われますね。

2. 様々な職種の話を聞く

今回は「ものづくりカンファレンス」ということで、コテコテのエンジニア論だけでなく、デザイナーやPM/PO向けのセッションが少なくありませんでした。

いくつか感じたことを列挙してみます。

エンジニアとして:やっぱりテックリードの方面は向いてなさそう

企業ブースで「このコードを実行すると何が表示されますか?選んでください」みたいな問題が出されていて、多くのエンジニアが議論を交わしていたようですが、正直そういうことにあまり興味が持てませんでした。読みにくいコードなんだから書いた本人に訂正させろよ、という気持ちになってしまったわけです。

就活時からずっと言ってることですが、正直プログラミングにツールとしての意味合い以上のものを感じることができません。プログラミング自体は好きですけど、それはあくまでも物ができた達成感が好きということです。エンジニアとして働く以上もう少し深いところまで知っておくべきなんでしょうけど、特に今論文ばっかり書いているのでその気が強いのかも。

PMとして:やりたいことをやること

キャリアを意識してPMのセッションを聞きに行った割には、今スタッフ代表として携わっているアカペライベントについての話に置き換えて聞いていました。我々は何がしたいのかはっきりさせ、時にはバチバチしあいながらイベントを作っていくというのは、なかなか稀有な経験をしているのではないかと。もう学生も終わりますが、今の環境を大事にしたいと思いました。(イベントスタッフについてはあまり話をしていないので、何のことやらわからない人も多いと思います。機会があれば記事にしようと思います。)

「ロジカルに詰めていくだけでは差別化のできないプロダクトが出来上がる」というのもなかなか印象的でした。

3. 日本でソフトウェア産業に携わるということ

ソフトウェア産業で海外に後れを取っている日本において、その産業にかかわっていく我々は何を考えていくべきなのか。深圳に行ってからずっと考えていることです。

  • いちプレイヤーとして:「良い子」である必要はない。世間的な評価や常識に埋もれてしまった自らの欲望を掘り返し、やりたいことをやろう。無駄なことをしている時間はない。(圓窓 澤さん)

  • 組織作りをする人として:海外の組織は、合理的な決定をトップダウンで強制的に実行する力が強い。社員はブーブー言いながら、なんだかんだ従っていく。(Google 岩尾さん)

  • 日本人として:新しいテクノロジーが生まれたときに、肯定して乗っかっていくこと。そのための心の余裕を作ること。(亀田さん)

  • 英語が苦手な者として:日々英語に触れること。そのために、得意なことと組み合わせて英語に触れるハードルを下げること。英語が母語でない人と話すことの方が多いので、頑張って話していれば気持ちを分かってくれる。(DeNA 田中さん)

特に英語については、自信をもって使い続けていくことが一番大事なんでしょうね。


文章を推敲しているとどんどんアウトプットのハードルが上がるので、ちょっと乱文ですがこんな感じで。研究の方も忙しいですが、キャリアについても考える時間を取りたいと思います。

「え、一応東大です」

どこの大学か聞かれて、真っ先に「東大です」と答えることを好まない東大生は少なくないと思います。

www.tnews.jp

この記事がなかなかすごくて、大学名を言いたくない理由として「逆学歴差別」系のものしか扱っていません。誇りを持っているとかそういうことは関係なく、どうしても色眼鏡で見られるというのはいわゆる有名大学の学生共通の悩みなんでしょうか。

似た話題として、こんな記事も。わかる。わかるよ。笑

rick08.hatenablog.com

逆学歴差別の文脈で、最近感じている違和感として以下の二つがあります。

  • 東大生の生態について扱うテレビ番組が多数放映されている。
  • 東大生が逮捕されると、ニュースには「東大生逮捕」として大学名が報道される。

前者に関しては、放送人権委員会に提訴するとした記事が話題になりました。

anond.hatelabo.jp

個人的には後者の方が深刻だと思っていて、要は「東大生であることと犯罪することって関係なくない?」ってことです。 「東大生ら逮捕」とかいう報道がされるや否や、「勉強はできてもやっていいことと悪いことの区別はつかないのね」とかいうコメントがウジ虫のように湧いてきて疲れます。一般の大学生が犯罪しても「大学生逮捕」なのに、東大(と一部の大学)だけ大学名を出すのは理解に苦しみます。もはや「逆暴力団」としての東大の扱われよう。(いや、もしかしたら暴力団が犯罪を起こしがちだというのも僕の偏見によるものなのかもしれませんが……。我々は偏見から逃れることはできなくて、それとどううまく接するかというのは、また別の話題。)

個人的な体感としては、罪を犯すところまでいかなくても、ちょっとミスをしてしまっただけで「東大生のくせに」とか言われてしまうのが根本的に嫌だという感情が「"一応"東大です」という言葉になる原因の一つなんじゃないかなと思っています。もちろんほかにもたくさん理由はあって、それらは推して知るべしという感じなのですが。

こういう違和感に対してひとつの答えを出してくれるツイートを見つけました。 はてなブログの仕様で連ツイは前のツイートも一緒に表示されるようなので、2ツイート分しか貼り付けてませんが3ツイート分引用していると考えてください。

この3つのツイートに日頃感じている違和感がきれいに言語化されていて驚いたのですが、つまるところ、

  • 一度ミスをした人を絶対に許さない
  • 特に成功した人への当たりが強い
  • 成功者を軽蔑することに快感を覚える

こんな社会が隠蔽体質やマスコミのレベルの低い質問を生むのだということだと解釈しています。

成功した人への当たりが強いというのは理不尽な話です。「出る杭は打たれる」「実るほど頭が下がる稲穂かな」などと言われますが正直あまり納得できません。どんな分野であれ結果を出した人が正当に評価される社会であってほしいのに、結果を出したことが逆に自分を苦しめるのって、おかしくないですか。

「結果を出した人」としての自覚をもって、そういう偏見に負けないような実力をつけろ、というのが世間的な考え方なんだと思います。 「その分我々はほかの人より何倍も成長している」と考えて自分をだますことはできますが、なぜそんなことを強いられる必要があるのでしょうか?

しかし、ここでちょっと冷静になって考えてみます。 いわゆる弱者が「弱者を救済しろ」と言うのが自然であるように、東大生が「逆学歴差別を助長するな」と考えるのは自然だと思うのですが、そうだとすれば、「成功者が叩かれる社会はおかしい」と考える時点で「成功者側」の考えをしているということになるのでしょうか。 ということは、この問題の根本にあるのは、「自分は成功者側ではない」と考えている人が多いことにあるのではないでしょうか。

例えばある年に行われた東大入試だけを考えたら当然受かった人もいれば落ちた人もいるわけで、その意味では「成功した人」と「失敗した人」は明確に二分されます。しかし、落ちた人の中で研究者としてのちに大成する人は大勢いるでしょうし、芸術方面で有名になる人や、幸せな家庭を築く人もいるでしょう。 結局成功か失敗かなどというのは各自の考え方の問題だというのが持論ですが、こういう考えが広まれば、もうちょっと生きやすい社会になるんじゃないかなあとか。

まあでもそうとは言え、性格の問題でネガティブになりやすい人というのはいるでしょうし、自分の人生をポジティブに考えろよと簡単に言えない話なのはよく分かっているのですが……。

現状ぼくにできることはこんなしがないブログを書くことだけですし、これ以上考えが進んでいるわけではないのですが。過激なことを言っている割には別に特に主張もない、なんか中途半端な感じになってしまった。

生きやすい世界になってほしいなあ。

LINEとの比較におけるWeChat

本記事は、ジースタイラスさんのTechQuestに参加させていただいたレポートになります。

WeChatとは

WeChat(微信 weixin)とは、Tencentが2011年にリリースしたメッセージアプリです。2018年現在の月間アクティブユーザー数(Monthly Active Users, MAU)は10.82億とInstagramに匹敵する規模を誇りますが、ユーザーの8割以上は中国人、国外における用途も大半は中国人とのコミュニケーション用途だといわれており、さながら「中国版LINE」ということができそうです。MAUについて各種SNSを比較した結果を図1に示します。

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図1:各種SNSのMAUの比較。図は*1*2*3より筆者作成。

本稿では、そのように何かと比較されがちであるWeChatとLINEについて、機能やマーケティングの面で比較を行います。

機能面の比較

WeChatにあってLINEにない機能

チャット関連
  • 翻訳:中国語と英語のチャットについては翻訳をすることができます。

  • スタンプ:他人が作ったスタンプは自由に使用できますし、自分で作ることもできます。

  • ラッキーマネー(红包):お年玉やチップのような感覚で送金を行うことができます。受け取れる金額は設定した上限値の範囲内でランダムに設定されます*4

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図2:WeChatでの画面操作の様子。左3枚は翻訳、一番右はスタンプリスト。図は筆者作成。

ミニプログラム(小程序)

WeChat上に構築できるウェブサイト、アプリのようなもので、主にチェーン店が支払いアプリを提供しています。 スターバックスを脅かす存在として注目を集めるLuckin Coffeeが注文環境を提供するのもこれです。

お店での会計以外にも、スプレッドシートアプリなど多様なアプリが提供されています。環境を整えれば個人が開発を行うことも可能です*5

モーメント

モーメント機能自体はLINEにも存在しますが、中国ではFacebookやTwitterに似たSNS機能をWeChatのモーメントが担っています。

LINEにあってWeChatにない機能

本稿はLINEの紹介をするわけではないので列挙にとどめますが、比較という観点から紹介します。

Live配信 / ギフト / ミュージック / Face Play / QUICK GAME / 投票 / 日程調整 / あみだくじ / JUNGLE PANG / ジフマガ / Tenor GIFs

ただ、これらはあくまでもWeChatの機能として存在しないというだけで、連携アプリがこれらの機能を担っている場合が多いです。

機能面では、LINEとWeChatにそれほど大きな違いはないことがうかがえます。

送金機能の普及度

機能面ではそれほど大きな違いはないWeChatとLINEですが、特に送金機能について普及率に大きな差が存在します。 LINEはLINEPayのMAUを2019年に「現在の2倍以上」の1000万まで拡大したいとしていて*6、具体的な数値は公開されていないものの2019年1月現在ではMAU500万を下回っていることがわかります。これはLINEのMAU2億1700万のおよそ2%です。

一方のWeChatPayも具体的なMAUは公開されていませんが、ユーザー数は約6億人にのぼるとされていて*7、単純比較はできませんがWeChatのユーザーの半数近くがWeChatPayも利用していることがわかります。

送金機能について普及率に大きな差が生じる原因の一つとして、支払いシステムを導入するために店舗が支払う手数料がWeChatでは無料である*8ということがあげられます。 支払いシステムのビジネスモデルは主に加盟店からの手数料で成り立っているとされている*9ものの、WeChatは以下のような戦略の上に成り立っています。

  • ミニプログラムの手数料によって収入を得る
  • 国民の2/3がWeChatを通じてやり取りをしているといわれるため、利子や投資によってかなりの利益を生むことができる
  • Tencentの他のサービスの顧客獲得のために用いることができ、マネタイズを主目的とする必要がない

Tencentはしいて言えばゲーム会社であり、自社のゲームについて広告料を支払わずに大多数の国民に宣伝を行うことができるのは、プラットフォームを握っている者の大きなアドバンテージであるといえます。 実際、給料の半分を娯楽に使う国民性を生かし、エンタメが充実していない田舎のユーザーにWeChatを使ってアプローチすることができるとのことでした。

LINEでも2018年に「3年間は手数料0%」とするキャンペーンを開始していますが、3年後の手数料については「調整中」とのことでした*10

考察・まとめ

LINEとWeChatで機能面に大きな差は見られませんでしたが、WeChatは現地の人の文化に寄り添った設計で中国人の支持を得ているといえます。 中国は特に人口が多く、自国の国民の支持が得られればそれでプロダクトが成り立つということもできると思いますが、 逆に言えばWeChatはあまりにも中国人向けのアプリとなってしまっていて、これがWeChatが世界に拡大できない理由の一つになっているともいえます。

LINEに関しては、新機能を次々とリリースしている一方でその普及率が課題になっていますが、 WeChatのとる、「マネタイズのためのアプリではない、ゲーム会社が作るSNS」という手法については学ぶことがあると感じました。

謝辞

今回深圳へ渡航する機会をくださったジースタイラスのみなさま、渡航前からレポート作成までアドバイスをくださったTencent岩瀬さんに、この場を借りて感謝いたします。ありがとうございました。

【就活】やっておいてよかったこと、やらないで後悔したこと

就活ネタが続きますがどうぞよしなに。

就活を終えて、あれやっといてよかったな、こんなことしてたよ、これやってなかったので苦労したよ、みたいなのを羅列したいと思います。Web系に限らず言えることはそこそこあると思います。

やっておいてよかったこと

選考の状況管理・面接メモ

今回この記事を立てたのはこれを紹介したかったからです。Trelloを使って一括管理してました。こんな感じ。

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使い方としては簡単で、

  • 面接のたびに、その面接のメモをコメントとして追加する
  • 選考の結果が出るたびに、企業のカードを適当なリストに移動する
  • 面談などで今後生かせそうだという言葉に出会ったときや、面接で失敗したなあと思ったときは、その都度「反省」リストにカードとして追加する

だけです。カードの名前の部分に「n次選考日程調整未回答」などとステータスも記入しておくとわかりやすいと思います。

特に面接で話したことをまとめたコメントは、次の面接の直前や、面談で選考の話になったときなど、のちのち見返す機会が多かったです。面接を受けた直後に、大学まで移動する電車の中で猛烈にメモする感じ。メモを作ることで、見返さなくても記憶に定着するという効果もあったように思います。面接の部屋に入ったときから時系列で思い出して些細なやりとりも書き留めるようにすると、そういえばこの話からこういう話題に移ったんだったなとかいろいろ思い出せるのでおすすめです。

就活用ノート

これは多くの人が作っているかもしれませんが。僕は基本的に予定をGoogleカレンダーで管理していたので、紙の手帳にメモするのではなく就活用のノートを持ち歩いていました。エンジニアに限らないセミナーとかだとPCを出しづらい雰囲気があるのは確かだし、自由なレイアウトでメモを取って必要な時にパッと確認できる点では紙のノートはPCでとるメモに劣らないと思います。内定承諾直前に就活序盤で受けたセミナーの内容を見返したこともあったので、何がどこで必要になるかわかりませんね……。

競プロ

別にレートがどうだとか聞かれることはないですが、企業のコーディングテストは基本AtCoderのB問題レベルなので*1、このくらいの問題を解くのに慣れておくのは大事かと思います。

プロダクトの制作経験は必須に近い

どんな簡単なものでもいいので、企画して作って誰かに使ってもらうというサイクルを1回でも回していることはほぼ必須だったように思いました。そういうことをしている過程で、自分はプログラミングのどの過程が一番好きなのかとか、どういうところが苦手なのかとかいうこともわかってくるのではないかなと思います。

面接対策はしなかった

面接対策をして、自分の価値基準の上で「よく」見せたところで評価されるとは限りませんし、そもそも偽りの自分を評価されてもアンマッチが発生するだけです。また、そういう対策をしなかった結果落とされたとしたらそれは縁がなかったというだけのことなので。というマインドは割と大事かと思います。面接ではできるだけ素の自分を見てもらいましょう。志望動機は、エントリーした時点の気持ちを素直に話すことです。

※追記 そういえば、面接対策と言えるかわからないですがひとつだけやってました。「どの企業でも通用する質問を用意しておく」ことです。 逆質問で質問が出なかった場合にどれだけ印象が悪くなるのか知りませんが、ちょっと気まずかったので「もう質問がなくなったときに聞く質問」を用意しておきました。 僕の場合は、「Web系というと転職が当たり前の業界だと思いますが、なぜこの会社でいま働いていますか?」というやつです。これ聞くといろんな人の人生観とか聞けてけっこう面白かったです。

やらないで後悔したこと

「ブラウザにURLを入力してから、Webページが開かれるまでに起こっていることを説明してください」

僕は基本的に「今は技術力はないけれども、こういう志向性を持っています」というスタイルで面接に臨んできたので、入社時にある程度の技術を求める会社はことごとく落ちてきたわけですが、どうやらこの質問はいろんな企業で学生の技術に対する理解をはかる良問として認識されているようなので(実際に面接で聞かれて答えられなかった経験があります)、Web系エンジニアになりたいみんなは対策しておいて損はないと思います*2。模範解答は作成できないのであしからず。笑

内定もらった企業についてはすぐに内定者懇親会をお願いする

やっぱり一緒に働く人って大事ですよね。同期にどんな人がくるか全く知らないままに内定を受諾するのは怖かったので、できるだけ内定者懇親会には足を運ぶようにしていましたが、結局その機会がなかった企業も残念ながらいくつかありました。内定をもらったらその場で「内定者っていま何人くらいいますか? 懇親会とかでお会いすることはできますか?」と聞いておいて損はないと思います*3

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逆に言えばやってよかったこともやらなくて後悔したこともこれくらいです。Web系の就活は特有の対策とかがほとんど不要な点ですごく楽なのかもしれませんが。特別工夫の多い就活をしてきたわけでもないので、これから就活に臨む方は気楽に、楽しんで就活できれば良いと思います。何かあればコメントなりDMなりください。

*1:僕はC問題ができないけれどコーディングテストはだいたい通過できたし、「必要十分の機能を実装できていてよい」とほめられたこともままあるので、そのくらいのレベルができていればいいんだと思います。もちろんたまに解けない問題もありましたが。

*2:エンジニア志望なら常識なんですかね。逆に言えばこのくらいのことがわからなくてもWeb系エンジニアにはなれるよ。

*3:とある企業で内定者懇親会をお願いしたら、人事の方から「内定承諾前の学生の懇親会をやったのは初めてだ」とのお言葉をいただきました。意外とWeb系ベンチャーはどこもそんな感じ。