断捨離は苦手です。

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【ネタバレあり】ぼっちで「花束みたいな恋をした」を観てきた

周りの人がいろいろ感想をつぶやいているのをみて、ぼっちで「花束みたいな恋をした」を観てきました。柄にもなく感想をしたためてみる。ネタバレとか気にせず書いてるのでこれからみる方は注意してください。

周りはカップルだらけでちょっと居心地の悪い印象はあったけど、休日にいきなり思い立って予約して映画見に行くのってすごく良いなと思いました。


恋愛経験が少ない男並みの感想としては、なんであの2人が別れなければいけなかったのかがわからなかった。ファミレスで号泣するシーンで麦くんが言っているように、付き合った当時のときめきがなくても、空気みたいな関係になれれば一緒にいるっていう選択は十分に可能だと思う。「今どんな本読んでるんですか」なんて初々しいやりとりをするのは確かに恋愛の醍醐味だと思うけど、死ぬまで相手にときめいていることってなかなか難しいと思うし。

もっというと、恋人関係と夫婦関係ってこれほどにも違うのに、一般的な感覚として恋愛の延長上に結婚があるのがあんまりしっくりきていない。どこかのネット記事で「恋愛はお互いに好きなものが同じであることが大事だけど、夫婦になるとお互いに嫌いなものが同じであることが大事」とか書いてあってなるほどと思ったことがあったけど、もしそうなら恋人と夫婦は全くの別物なのではないか。

恋人関係の先に夫婦関係があるとするならば、おそらく恋人と夫婦の間にはときめきの喪失みたいな壁があって、ときめきを失ってもなお一緒にいたいと思う、そういう一段階進んだ状態になれるかどうかが大事なのかもしれない。片方はときめいているけどもう一方はときめいていないみたいなねじれた関係や、ときめいていないことをお互いに悩んだりする、いわゆる倦怠期とか呼ばれる期間を頑張って乗り越えて、ときめかなくなっても次のフェーズに進めると確信できたら結婚するんだろうか。

そうだとすれば、ふたりが出会った瞬間はあくまで結婚ではなくて恋愛のことを考えるしかなくて、長い間一緒にいた結果として次のフェーズに進める確信が得られるかどうかを数打って確かめないといけないのかな。お互いに成長してその度に相手の新しい面を好きになれれば同じ人と何度も恋をすることはできると思うけど、相手の新しい面を好きになれる場合となれない場合があって、その違いはなんだろう。結局数打って当たった外れたってやらなければいけないんだとしたら、我々には数を打つ以外になす術はなく、運要素が大きすぎる気がしてつらい。

いやー違うのかな、お互いにたまりにたまった不満とかが爆発してどうでもよくなったってことなんだとすれば、話し合いの機会をもてばよかったのにっていう単純な結論なんだろうか。うーんわからん。

「最後のジョナサンシーンは、実はあんたたちの出会いはありふれたものだったんだよっていう思いも込められてるのでは」というコメントを見て、なるほどなあと思った。自分が経験した出会いってすごく運命的なものを感じて神聖化しがちだけど、一方でこの映画が「恋愛のあるあるを詰め込んだ」とか言われてる以上、このコメントは的を得ているんだろうな。

それはそうと、趣味があれほどまで一緒だと逆に友達になっちゃいそうだなと感じなくもない。相手が好きなことを語ってもらって、うんうんなるほどそれって面白いね、って言えるくらいの、方向性は一緒だけど好き度は違うくらいの関係がちょうどいい気もする。

まじで恋愛ってなんだろうね。幸せになりたい。